”評価”の不動産市場形成における役割–ミャンマー体験
不動産鑑定士 磯部裕幸, CRE, FRICS
日本ヴァリュアーズ株式会社 会長
ミャンマーを初めて訪れてから6年、現地で”評価”会社を立ち上げて4年目に入った。2015年の総選挙で国民民主連盟(NLD)が大勝し、半世紀ぶりに軍事社会主義体制から劇的な政権交代があったのは記憶に新しい。政治状況の激変による不安定要素から政権交代後の一時期停滞したとはいえ、このところの経済は6 – 7%とASEAN諸国の中でも常に高い成長率を示してきており、人口700万を超えるヤンゴンの風景が日に日に変化しているのが実感としてわかる。
近代的なオフィスビル、ホテルやショッピング・センター、コンドミニアムや高層アパート群も日を追うごとに増え続けているし、豊富な天然資源と若い労働力、総人口5千万超という国内市場の大きさなどから、日本はもとより世界各国からの企業進出も相次ぎ、官民あげての工業団地開発も活発だ。国民一人当たりGDPはASEAN諸国中最下位で$1,500以下であるにもかかわらず、伸び率の高さから都市部での住宅需要は旺盛であり、公的機関によるaffordable housingや民間による分譲マンション開発も急速に進展してきている。
一方で、不動産を取り巻く各種制度の整備は非常に遅れていると言わざるを得ない。登記制度や地積測量しかり、不動産担保や土地保有・賃貸借制度の不明確さしかり、外資系企業が土地所有できないために名義借りに依存せざるを得ないという不安定さしかりだ。不動産取引を統括する業法や取引士資格が整備されていないことも不動産市場の不透明さに拍車をかけていることは間違いない。さらに、不動産市場における情報開示がほとんどないことにより(政府によって日本の路線価に近い土地価格ベンチマークの公表が始まったのは大きな進歩だが)、市場における地価水準感が醸成されておらず、不動産取引の透明度が極めて低いことも大きな障害になっていると言わざるを得ない。
逆説的ではあるが、多くのプレイヤーが(不動産業界内でさえ)価格やマーケット・イメージを共有できていないことから、価値・価格をバイエスなしに示す”評価”への期待が高まってきているというのが実感だ。評価に関する法体系、評価基準、鑑定士資格などが未整備な状況なだけに余計興味深い。そうした中、さる6月に「ミャンマーにおける評価の役割と重要性―今日的課題と将来展望」とやや大げさに題して、弊社関連現地法人Japan Valuers (Myanmar)社主催でミャンマー初の国際評価コンファレンスを開催したのだが、Websiteとメールマガジン、不動産・ファイナンス関連や若手起業家グループのSNSなどで告知しただけにもかかわらず、150名を超す方々が参加してくださった。計画財務省や建設省の担当官、金融機関、会計士、弁護士、経営コンサルタント、事業会社の財務担当者、不動産オーナーなど、属性も多岐にわたっていた。隣国カンボジアと先輩国ベトナムの若手鑑定士にそれぞれの国の評価を取り巻く現状を紹介してもらったことも良かったのか、講演後のQAセッションでは、具体的な評価手法についての質問まで飛び出した。
未成熟な市場では、市場形成に向けて評価人の果たす役割が思いのほか大きいかもしれない、と珍しく気が引き締まる瞬間でもあった。